耳が聞こえない両親と小学生の僕~活発から根暗へ~

机


こんにちは!のいです!

僕の両親は耳が聞こえません。
今回は、耳が聞こえない両親のもとに産まれた僕の小学生時代についてお話します。

ぜひご覧ください!

小学生の頃の僕


小学生の頃の僕は、活発で負けず嫌いな性格でした。
友達も多くて、クラスの中ではいわゆる中心的な人物。

周りの人と同じように過ごしていたので、特殊な環境で育っていることを知らなかったという友達も多いと思います。

勉強


覚えている限りでは、親から勉強をしろと言われたことは一度もありません。
塾なんか通わせてもらえるわけもなく。。。

ですが自分で言うのもなんですが、勉強はできるタイプでした。
とにかく学校の授業中にひたすら集中して覚えていました。

運動


小学生の僕は運動神経がとてもよかったです。

運動会のリレーではアンカーを任されたり、組別代表でリレーに参加したりしていました。
また持久走大会に関しては、小学2~4年生の間、学年で1位でした。


これらは天才的な運動神経があったからではありません。
運動会も持久走大会も親が応援に来てくれていて、良いところを見せたかったから。
あそこの両親は聴覚障害者だから、あの子はちょっと・・・みたいなことは絶対言われたくなかったから。
必死に走る練習をしたことを覚えています。

この頃の僕はものすごい頑張っていました。先に言っておきますが、ここがピークです(笑)

ソフト少年団


そんな運動神経の良かった僕は、ソフトボール少年団に入りたいと親に言ったことがあります。
小学4年生の時でした。

断られました。。。いや~、ばっさり断られましたね。
お金がない。の一点張りでした。


過去の記事でも話しましたが、僕が小学2年生の頃に父は会社をクビになっています。
耳が聞こえない両親との生活~特殊な環境で育った僕の価値観
家計は火の車真っただ中でした。

親に直接聞いたわけではないですが、少年団の活動では試合会場まで親が連れて行ったり、親同士でミーティングがあったり、なかなか大変です。
耳が聞こえない状態ではこういうことができない、息子に迷惑をかけてしまうと思ったのもあるかもしれません。

ただ小学生の時の僕はそんなこと知るわけもなく、、この頃から徐々にグレてしまいます。。

学校をさぼりがちに


そんなこんなで、小学5年生頃から学校をサボりだしました。

周りの友達は少年団に行ったり習い事をしている中で僕は何もさせてもらえない。。。
完全に頑張る気力がなくなってしまいました。

自分の家庭環境は周りと全然違うんだ。。。と現実味を帯びて感じた頃でした。


そんな中でも、近所に住んでいた親友が学校の資料を定期的に家まで持ってきてくれたりして、なんとか6年生に上がる頃には学校に通いだすようになりました。

ですがサボっていたツケは大きく、今までのように勉強でも運動でも特に目立った存在ではなくなり。。
根暗な人間にここから育っていきます。。

まとめ


以上、耳が聞こえない両親のもとに産まれた僕の小学生時代でした。

両親が耳が聞こえないことは特に関係ないように思っていましたが、
こうして文字にして書くと僕の人格形成は両親からの影響が大分大きいな~と感じました。

次は中学生時代、思春期に入っていきます。
より心情は複雑になっていきます。乞うご期待!

ではでは!!